グローバル企業の「ESG」使用頻度調査~反ESGを受けて~
※当社ESGチームには英語ネイティブのスタッフが在籍しております。本記事中の海外事例調査は、当該スタッフが実施しました。
ESG投資や関連する企業の取り組みはこの数年で急速に拡大してきました。しかし直近、米国における反ESG運動の激化や、欧州でもグリーンバックラッシュのように環境政策に逆行するような動きが見られます。一方、グリーンウォッシュに対する批判も強まっており、それに伴ってグリーンハッシングを行う企業も出てきている状況です。ESGに積極的に取り組んでいる日本企業がコミュニケーションにおいて配慮すべきことは何か、考察します。
近年、米共和党系が中心になって展開している反ESG運動は、これまでESGをけん引してきた米資産運用会社ブラック・ロックのラリー・フィンクCEOが、2023年6月に「あまりにESGという言葉が政治性を強めたため、使うことを避ける」と公言するほど、深刻な問題となっています。主には気候変動問題を指すことが多く、化石燃料系産業が州経済に占める比率の高いテキサス州や、共和党ロン・デサンティス知事のフロリダ州では、反ESGに関する州法が成立しています。他方、ワシントン州、ニューヨーク州等のESGを推進している州もあり、米国における「分断」を象徴するような動きとなっています。ESGテーマでも特に気候変動は2024年11月の米国大統領選挙の争点のひとつでもあり、今後も反ESGの動きは激しくなると予想されます。
欧州はこれまで積極的にグリーンディール政策を推進してきましたが、直近ではグリーンバックラッシュと呼ばれる事象が徐々に見られるようになりました。インフレに伴う市民の生活不安や、サステナビリティ対応や開示負担増加に対する産業界の根強い不満を背景に、サステナビリティ関連規制の成立の先送りや、内容の大幅緩和が一部で見られます。
しかしながら上述のような欧米におけるESGを取り巻く情勢は、後退や変化ではなく分断的な動きとみられます。ESGという概念が一定以上広まったことで、揺り戻しなど様々な議論が引き起こされていますが、ESG推進派も引き続き存在しており、その中では別の課題もみられます。
欧州ではESGの定義づけや厳格化の議論が進んでいます。EUタクソノミーに代表されますが、他にも例えば、2024年1月に採択された反グリーンウォッシング法は、「環境にやさしい」「気候変動に左右されない」といった、証明されていない一般的な製品の主張や、排出オフセット制度の利用に基づく環境負荷の低減をうたった製品の販売など、一連の商慣行を禁止するものです。欧州委員会が2020年に行った調査*1によると、EU域内の企業によるグリーンに関する主張の半数以上はあいまいで誤解を招くものであり、40%はまったく根拠のないものでした。このような状況を改善すべく対策が強化されており、グリーンウォッシュはレピュテーショナルリスクのみならず、規制リスクや訴訟リスクにもつながるようになりました。
一方、グリーンウォッシュに対する過激な批判を恐れ、グリーンハッシングと呼ばれる、たとえ実際の進捗がよい数値であっても芳しくない数値であったとしても、「ESG」や「ネットゼロへのコミットメント」に関して企業が意図的に情報開示を行わないという動きも起き始めています。この考えが流行した場合、ステークホルダーとのエンゲージメントに支障をきたすほか、取り組みに後れをとる企業が見えにくくなる恐れがあると懸念されています。
*1 欧州委員会,Proposal for a Directive on Green Claims
このような外部動向を踏まえ、企業報告における「ESG」という言葉の頻出度に変化があるかを確認しました。ブルームバーグ社による欧米の大手上場企業100社を対象とした調査*2では、直近の決算期に行った財務関連のプレゼンテーションの中で、「ESG」への言及が減少したとされていました。
当社でも独自に調査を行いました。調査対象はグローバル企業6社のGSK plc(英)、Meta Platforms, Inc.(米)、Apple Inc.(米)、American Airlines, Inc.(米)、Stellantis N.V.(蘭)、Tata Motors Limited(印)で、それぞれアニュアルレポートとサステナビリティレポートの2種を確認しました。本来はコーポレートコミュニケーション全般を網羅した方が実態をつかみやすいですが、経年変化に焦点を当てるため、レポートに限定した調査としています。調査の結果、レポート2種いずれにおいても「ESG」という用語の使用頻度を増加・維持させた企業は1社、減少あるいは全く使用しなくなった企業は2社、アニュアルレポートでは使用を控えつつサステナビリティ関連レポートで増加または維持させた企業は3社となりました。
その中で特徴的な例として挙げられるのは、アメリカン航空です。2022年度は、前年度のESGレポートという名称からサステナビリティレポートへと変更し、その理由を次のように述べています。「数年にわたってESGレポートを発行してきた当社が、このレポートをサステナビリティレポートと呼ぶことにした背景には何があるのでしょうか?私たちは、非財務的なさまざまな問題に対する取り組みを深め、成熟させていく中で、『サステナビリティ』の方が私たちの目的をより的確に捉えられると考えるようになりました。ESGの中核であり、当社にとって重要な優先事項であるリスク管理と、私たちが事業を展開する環境への影響の両方を考慮に入れているからです。私たちは、アメリカン航空の長期的な成功が、地球と私たちがサービスを提供する人々の健康と切っても切れない関係にあることを認識しています。これが当社のサステナビリティの定義です。」*3この名称変更の背景が、反ESG対策のみであるかは定かではありませんが、当該サステナビリティレポートにおける「ESG」の使用頻度が前年比で98ポイントマイナスである点は非常に特徴的で、アメリカン航空の本社は反ESG運動が激化するテキサス州にあることが影響していると推察されます。しかし言葉の使用を避けた一方、ESGに関連する取り組み全体の後退が見られたわけではありません。
*2 Bloomberg Law, After Year of Culture Wars, Bosses Are Talking Less About ESG
*3 アメリカン航空, SUSTAINABILITY REPORT 2022
ESGは取り組みのみならず、コミュニケーション領域でも様々な動向が確認されます。特に欧米の選挙イヤーである2024年はより極端な動きが出てくることが予想されます。しかし、これまで推進されてきた企業のESGの取り組みそのものが衰退しているわけではないことは念頭に置いておく必要があります。
日本国内では反ESG的な動きは見受けられませんが、グローバル企業においては、欧米、特に米国でのコミュニケーションでは配慮をした方がリスク低減につながると考えられます。米国市場をターゲットとするグローバル企業も、発信するキーワードをESGからサステナビリティに置き換えただけで、開示内容自体の変化が見られない企業も多くあります。グリーンウォッシュの疑いも避けるべきで、エビデンスに基づく開示も重要です。ロケーションの特性に応じたコミュニケーションを戦略的に行っていくことが望まれます。