統合報告書の読み方

■「統合報告書」は究極的にどのようにあるべきか?

「統合報告書とは何と何を統合したものですか?」とのご質問をいただくことが多々あります。これは、極めて初歩的な質問ですが、統合報告書の「本質」まで完全に理解されている方は意外と少ないように思っています。

本来、統合報告書とは、「中長期的に、スプレッド(付加価値)を極大化していく上での設計図・ロードマップを提示するレポート」に他なりません。

一般的には「統合報告書とは財務情報と非財務情報の双方を開示するレポート」と説明されていますが、むしろ「スプレッド拡大」、「設計図・ロードマップ」という部分に主眼を置いたレポートであり、財務情報や非財務情報はその枝葉部分だと認識された方が、読者の皆さんは腹落ちしやすいように思います。

財務・非財務を問わず個々の情報は、全体の設計図・ロードマップのごく一部のピースに過ぎないのです。ピース同士がしっかりつながりあって、論理的で説得力のある設計図やロードマップになっていないと本来は統合報告書と呼べないのですが、今のところ、そこまで完成度の高い統合報告書は少ないのが実態です。

■統合報告書の活用方法

上述した通り、企業の統合報告書づくりはまだ発展途上の段階にありますが、それでも、他のIRやSR関連のツール、メディアでは決して得られない「お宝情報」が統合報告書には多く含まれています。投資家の皆様には、それらのお宝情報を最大限にご活用いただいて投資パフォーマンスを向上されることを願っている次第です。

統合報告書は本来、「即時情報性」には劣る媒体です。

個々の情報をタイムリーに得るだけならプレスリリースやWeb上のアップデート情報の方に軍配があがります。他方、統合報告書が圧倒的に優れている項目があります。それは「時系列(時間軸)概念」と「多軸的説明」という2つの項目です。投資家の皆様が統合報告書を読まれる際は、この2つの「統合報告書ならではの利点」を最大限にご活用いただくことをお勧めします。

1. 時系列(時間軸)概念

統合報告書には、創業来の長いスパンにわたってその企業がスプレッド拡大を目指して行ってきた様々な活動(アウトプット)が描かれています。これらの情報から、その企業らしい「企業風土」を感じ取ることができますし、また戦略が円滑に進まなかった時の「対応ぶり(非常時対応力)」を見て取ることができます。

過去の話だけではなく、「これからの成長ストーリー」を読まれる際にも、時系列(時間軸)の概念を意識して読み解こうとされると、統合報告書から得られる収穫は倍増します。中長期成長ストーリーには、事業戦略、投資・財務戦略など様々な戦略が説明されています。これらの戦略を、正しいかどうか、共鳴できるかどうかの尺度だけで見てしまうと誤った投資判断に陥る可能性があります。

例えば「人への投資」。

自社内の人材育成がリターンをもたらすまでにはかなりの時間を要します。

一方、スペシャリスト等の外部採用を積極化させる戦略は、短期的に大きなコストアップとなる一方、比較的短期にアウトプットを期待できるものです。人材戦略のパートを読む上で、これらのことをしっかり意識されると、企業の将来業績の成長カーブへのイメージが沸いてくるように思います。

なお、企業が3年後に達成できるとするアウトプットと、5~10年後に達成したいとするアウトプットにも当然のことながら差があるとの意識をしっかりと持つことが求められます。時間が長くなればなるだけリスクに晒され、将来スプレッドの現在価値は小さくなりますので、中長期スパンの中で、どの戦略がどの順番で開花するのかという発想で、解説されている戦略を読み解くことが大切です。

2. 多軸的説明

「ひとつの成長戦略を様々な経営幹部がそれぞれの立場・観点から語る」ということも統合報告書ならではの醍醐味と言えます。

CEOが確かなメガトレンド認識の下に納得性の高い戦略を策定できているか、     CFOはグループ戦略をお金の面でしっかりサポートできる合理的説明をしているか、   事業統括役員が、個々のSWOTを正しく認識して、リアリティある戦略執行策を語れているか、 

投資家の皆様は、以上の多軸・複線的な説明を相互につながった一本の糸として認識できるかどうかを統合報告書でしっかりご確認いただきたいところです。

■まとめ

企業価値は、企業の潜在成長性と成長のためのリスクの大小の度合い及びマクロ環境によって刻一刻と動いているもの。そのような中、投資パフォーマンスを拡大するには、それらの様々な企業価値の変数を俯瞰的に見る必要があります。

統合報告書は、まさに投資家が重要視すべき俯瞰性に最も優れたレポートであり、それを時間軸概念をしっかり持って分析することで投資パフォーマンスは向上するのだと確信しています。


川原 稔 経歴

一橋大学商学部経営学科卒。
伊藤忠商事(株)を経て、三菱UFJモルガン・スタンレー証券(株)エグゼクティブ・ディレクター。
【アナリスト・ランキング】
造船重機部門: 米Institutional Investors誌 アナリスト・ランキング1位/日経ランキング2位
機械部門: 英グリニッチサーベイ アナリストランキング1位/日経ランキング5位
著書に日本経済新聞社刊 「トップアナリスト大予測」。
2001 年よりIRコンサルタントに転じ、 2005 年 (株)バリューレイザー代表取締役社長に就任。
2008 年 (株)エッジ・インターナショナル顧問に就任(現在は統合報告アドバイザー)。
2013 年 WICI 統合報告表彰制度の審査委員(現在は退任)。


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