企業価値向上に向けた統合報告書の制作プロセスと活用方法

近年、統合報告書を発行する企業数は著しく増加しています。
それぞれの企業はどのような想い、どのような目的を持って統合報告書を制作しているのか。
当社が統合報告書制作を支援させていただいている双日株式会社のIR担当者と当社プロジェクトディレクターが議論を交わしました。

参加者紹介

藤本 佳成
双日株式会社 IR室 IR課 課長
鰺坂 優子
双日株式会社 IR室 IR課
黒原 哲也
株式会社エッジ・インターナショナル 常務執行役員
山内 元気
株式会社エッジ・インターナショナル 企業価値デザイン本部 第4PD部 ユニット長


統合報告書制作のキーワードは「差別化」

山内:2021年から御社の統合報告書制作のお手伝いをさせていただいておりますが、当初からかなり力を入れて統合報告書を作成されているというイメージを持っておりました。改めて御社の統合報告書のターゲットや、制作方針をお聞かせいただけますでしょうか。

鰺坂:私たちがメインターゲットとしているのは長期保有をしていただけるアクティブ投資家の方々です。そういった方々に向けて双日の株を新規、もしくは買い増しいただき、さらには長期保有いただくことを最終的なゴールとしています。

山内:ありがとうございます。実際に統合報告書に掲載する内容は、年々変化があるかとは思いますが、お二人が関わっておられるところで特に力を入れているコンテンツにはどのようなものがございますか。

藤本:そもそも総合商社は多種多様なビジネスを取り扱っているため、何をやっている企業なのかが一言では投資家に伝わりにくいと思っています。そのため、私たちのビジネスを理解していただけるようなコンテンツ作りを意識しています。また課題でもありますが、他の総合商社と比べた際の差別化要素をしっかり訴求することが必要と考えています。商社セクターの中でも双日を選んでいただくために、独自性である「双日らしさ」を様々な形でステークホルダーの方々にお伝えしていけたらと思っています。社長メッセージはもちろん、価値創造ストーリーのセクションは「双日らしさ」を特に意識して作成しておりますので、読んでいただきたいコンテンツですね。

黒原:弊社もお手伝いする中で、差別化という部分は常に強く意識して取り組んでおりました。他の総合商社のレポートと比較しても、藤本様がおっしゃったように価値創造ストーリーの部分はとても特徴的な内容に仕上がっており、「価値創造」における御社の独自性など、差別化要素が特に表現されているコンテンツになっていると考えています。当コンテンツの制作に際しては、弊社もこれまで多くの方の取材に同行させていただきましたが、その中で感じたことは、双日という会社が、自分たちの仕事に誇りを持った「個」の集団であるということです。また、大変個性的で魅力的な方ばかりで、毎回取材を楽しみにしております。「双日らしさ」を形作っているのは、まさに「個」ですので、統合報告書を通じて、双日で働いている皆様の一人ひとりの想いを表現することが、結果として、「双日らしさ」を表現することにつながっているのではないかと思っています。

藤本:「双日らしさ」という点では、私たちにとって普通のことと考えていたことが、エッジ・インターナショナル様との製作過程で、黒原さんや山内さんから特徴的だとご指摘頂いた結果、コンテンツに反映されたということが多々あり、大変有難く感じています。

左:山内 元気 株式会社エッジ・インターナショナル 企業価値デザイン本部 第4PD部 ユニット長
右:黒原 哲也 株式会社エッジ・インターナショナル 常務執行役員


制作過程での気づきと統合報告書を起点としたコミュニケーション

山内:先ほど黒原からも話がありましたが、思い返せば、これまでも制作プロセスの中で非常に多くの方にお話を伺わせていただきました。以前、価値創造ストーリーの記事作成のためにベトナムに足を運んだ際には10人以上の方に取材させていただきましたし、総勢50人は超えているのではないかと思います。当社では、このような取材を含め、制作プロセスを通じて新たな気づきを得ることも統合報告書を制作することの意義のひとつであると考えていますが、お二方はこれまでにどのような気づきがあったでしょうか。

藤本:私たち自身、統合報告書の制作に関わることによって、先ほど示した外部からの視点も含め、双日に対する理解がさらに深まっていると感じています。「この部署はこのような面白いことやっているのか」、「社内にこのような素敵な人材がいたのか」など、制作プロセスの中で様々な発見が生まれています。

黒原:私たちも制作をお手伝いするにあたって、取材時の現場の生の声というのはとても大切にしている部分になります。しかし、取材をする際には、正直ご担当者様にも、取材を受けられる方にもご負担をおかけしてしまうところもあり、実際、企業様によっては、あまり取材のご対応をいただけないこともあります。その点、御社では、積極的にご対応いただいており、非常にありがたく感じています。

藤本:双日社員は自分がやっている仕事が好きな人間が多いんだなということを製作過程で実感しました(笑)。自分の仕事をみんなに知ってほしい。そんな気持ちを持っている人が多くいて、取材を申し込めば、忙しい中でも引き受けてくれています。私たちもすごく助けられていますね。

山内:ベトナムで取材させていただいた際も、お一人おひとりから、本当に自分自身の仕事が好きだという熱意が伝わってきましたね。

左:鰺坂 優子 双日株式会社 IR室 IR課
右:藤本 佳成 双日株式会社 IR室 IR課 課長

鰺坂:統合報告書を起点にしたコミュニケーションの機会が増えたことも、統合報告書に力を入れていることによる効果だと思います。私がIR担当になってからの3年間でも、対話数は年々増えていますし、投資家の方から統合報告書をメインにディスカッションの機会を設けたいとご連絡いただくこともあります。また、他の企業のIR部門やそれに近い仕事をされている方々から、統合報告書をきっかけにご連絡をいただく機会もすごく増えました。弊社の統合報告書をご覧いただいて、IR活動全般についてお話を伺いたいです、とご連絡いただくこともあり、嬉しく思います。先日もとある企業のIR担当の方とお話しする機会があり、IR活動をサポートするツールはどのようなものを使っているのか等、かなり赤裸々に教えていただきました。非常に参考になりましたし、統合報告書をきっかけに、私たちのIR活動が少しずつ改善している部分もあると思います。

山内:今回の記事でさらに問い合わせが増えるかもしれないですね。統合報告書を起点に投資家の方と議論をされる場合は、どのようなテーマが多いのでしょうか。

鰺坂:前提として弊社の統合報告書をお読みいただいた上で、疑問に思われたことや、もう少し追加で詳しく聞かせてほしいといったご要望にお応えするというのが基本のスタイルです。ただ、先方からの問いかけに回答するだけでなく、冒頭でも申し上げた価値創造ストーリーなど、独自性を表現しているコンテンツについては、制作側としての意図が伝わっているかという確認もさせていただいています。これまでは直接ご意見を伺う機会が少なく、昨年までは意見収集のためにWEBアンケートを行っていたものの、回答率が伸び悩んでいました。やはり対面の機会を設けて双方向のコミュニケーションを行うことが大事だと感じています。

藤本:投資家の方々も統合報告書を通じて双日の強み、差別化要素を見出そうと意識してくださっています。短期目線ではなく、中長期で見たときに双日の独自性から繋がる将来の成長期待について、統合報告書で見つけたヒントを更に深掘りするためにご質問をいただいていると感じています。当然、投資家の方々のアプローチの仕方は千差万別で、歴史から見られている方や、人的資本のコンテンツに対してなぜこの取り組みをやっているのかと深掘りされる方、環境の部分やガバナンスの側面を重視される方など、様々な視点があり、対話の中で100%の回答をお示しするのは簡単ではないですが、こういった長期目線のご質問が製作のモチベーションに繋がっている部分もあります。決算説明の機会ではどうしても短期視点が中心になりますが、統合報告書を通すことによって時間軸で情報が整理され、短期ではなく長い道のりで双日を見ていただけていると実感しています。

黒原:経営を短期で捉える場合と中長期で捉える場合では、大切になってくる要素がかなり違いますよね。短期目線では目先の財務数値や業績予想が重要で、中長期になればなるほど、「人」の想いなどの測定のできない事柄が大切になるのではないでしょうか。まずはそうした認識を共有することが重要だと考えています。

藤本:やはり短期の目標も当然必要なわけで、社内で話をしているとどうしても短期の視点に寄ってしまうと感じるときもあります。財務の話で例えると、人的投資といった長期の投資を重視しても、研修など足元では費用として出てしまうので、短期のP/Lにとってはネガティブな影響を与えます。持続的な将来の成長という長期目線を考えれば、短期の結果を重視してその取組を止めてしまうことで長期の成長の足かせとなってしまう為、悩ましい問題です。今日明日のことをやっているのではないというスタンスがあれば、より先を見据えた戦略につながると思いますし、そういった方向性を社内で共有するという点でも統合報告書の役割は重要なのではと考えています。


さらなる統合報告書の活用方法

山内:投資家の方や、社内の方とのコミュニケーションツールとしての位置づけについて伺いましたが、最近は統合報告書を学生の方や求職者の方などが手に取るという状況も見受けられます。統合報告書から読み取れる会社の真の姿や展望は、その会社に入りたいと思う人にとってもとても有益な情報であることは間違いないと思います。御社では、社内社外問わず、そのような活用事例等はございますか。

鰺坂:対外的にももちろんですが、会社内のコミュニケーションツールとしても、それぞれがどんな考えで事業を作っているのか、その想いを他の部署に波及させることに役立っていると感じています。そのような機会を作るのはなかなか難しいのですが、統合報告書がきっかけで会話が広がったりすると、やはり統合報告書を作ってよかったなと再認識します。また、従業員に対して「統合報告書説明会」をIR室が主体となって実施したり、若手社員研修の際に事前課題として統合報告書を読んでから参加してもらったりといった活用も行っています。社員それぞれ読み込み度合いは様々だと思いますが、会社のことを理解するための一助として広く読まれていると感じています。あとは新入社員に対してですね。新入社員には内定者研修で、統合報告書を読んで感想を提出するというのをちょっとした課題のような形にして取り組んでもらっています。少しでもモチベーションアップや自分の今後の仕事のイメージを持つことにつながったらいいかなと。同時に内定者の感想を見ていると、「このコンテンツはもっとこのように改善した方がいい」、「内容で連続性に欠ける部分があった」など、既に統合報告書制作の経験があるかのような鋭い指摘が多く、感心させられます(笑)。

黒原:あくまでターゲットは長期の投資家の方々ではあって、そこはブレてはいけないところではあるのですが、従業員や学生さんなど他のステークホルダーにもご活用いただいているというのは私たちとしてもすごく嬉しいです。

左:山内 元気 株式会社エッジ・インターナショナル 企業価値デザイン本部 第4PD部 ユニット長
右:黒原 哲也 株式会社エッジ・インターナショナル 常務執行役員

藤本:たしかに改めて振り返ると、いろいろな場面で活用できていますね。ただ、黒原さんがおっしゃるように、私たちのターゲットは長期の投資家、ここは間違いないです。他の企業の統合報告書を制作している担当の方とお話ししていると、その会社がどのような情報を誰に向けて書いているのかが結構見えてきます。それは当然会社によって異なりますし、逆に言うと、統合報告書も発行企業数が1,000社ほどにもなっていますが、ターゲットを定めずに、周りの企業が作っているから自分たちも出すというような発行理由なのであれば考え直した方がいいと思います。おそらく意味のあるものにならないはずです。


制作における社内の巻き込み方

山内:制作の流れの部分についてもお話伺いたく、おそらく商社という形態だからこそという点もあるかとは思いますが、実際の制作に関わられる人数がすごく多いなというのは、弊社の他のクライアントと比較しても印象的です。取材対応や原稿執筆のご対応など、御社では社内の巻き込み方も含めて、企画から制作までどういった流れで進められているのでしょうか。

鰺坂:基本的に各部署、統合報告書のために情報を引き出しているというよりは、各々の部署で開示というものに対して日頃から検討していることがあります。その中から、IR視点で長期の投資家に刺さる内容はどんなものか、どこを切り出すのが良いかを各部署と話し合っています。一番難しいのは、その(長期の)投資家目線というところで、どうしてもそれぞれが訴求したいステークホルダーに向けた視点になってしまうので、共通認識を持ってもらうことは難しいと感じますし、今後改善を進めていかなければならない社内の課題かなと思っています。巻き込み方という面では、藤本からもあったように、皆さん本当に好意的に協力をしてくださっていて、もちろん苦労する部分もたくさんあるのですが、やはり強い想いを持った「個」がお互いを強く思っているからこそ、成り立っているのかなと思います。この機会にどれほどの人数が制作に携わっていたのか振り返ったところ、グループ会社含めて15部署100人にまで増えていましたね(笑)。

藤本:「統合報告書を出すこと」が目的になってしまうと、何でやらないといけないのかという気持ちが湧いてしまって、どうしても対立のようなものが生じてしまうことがあるかなと思っています。元々会社の目指す姿というのは方針として決まっていて、それに向かってどう動いていくのか、認識を集結させるひとつのツールとして統合報告書が受け入れられれば、多くの人に協力していただけるのかなと感じています。

黒原:どんな形で世に出すのかという「アウトプット」も大切ですが、それと同じくらい制作プロセスも重要ですよね。別のとあるクライアントの例では、私たちがお願いしたわけではないのですが、次年度からは統合報告書制作の初期の段階から、担当部門以外の部門を巻き込んだ形での制作体制を構築されるそうです。制作プロセスを通じた横のつながり、IRの浸透、まさに御社はそういった面で他の企業の参考になるひとつの事例なのかなと感じています。

左:鰺坂 優子 双日株式会社 IR室 IR課
右:藤本 佳成 双日株式会社 IR室 IR課 課長


統合報告書を発行する意味

藤本:もし統合報告書を作ることが目的になってしまっている会社さんがいらっしゃるのであれば、「何」を「どこ」に訴えかけることが自分の会社にとって一番必要なのかを考え直してみていただくのがいいのではないかと個人的に思っています。もちろんこれは簡単なことではありません。会社の情報をまとめるにしても、ターゲットが変わると内容もガラッと変わりますからね。また、社内のあらゆる場面でコンセンサスを取らなければならないと思うと、本当に骨が折れる作業です。作業量だけではなく、時間もお金もかなり費やす必要がありますので、それに見合った成果を得るためには、やはり最初にターゲットから整理をするべきだと思います。そこが明確になっていると、成果物だけではなく、先ほどのお話にもあったようにプロセスの中にも今後の糧になるような気づきが見つかります。それらを社内にフィードバックすることによって、良い循環が生まれる。これが統合報告書を作る一番の意味なのではないでしょうか。

黒原:統合報告書制作に多くの方が関わり、一緒に作り上げるからこそ、お互いの気づきなども生まれて、ある意味成長の場、人脈が広がる場にもなっていると思います。藤本様がおっしゃっていたように、せっかく作るのであればカロリーをかけてやっていただいた方が、より大きい意味を成すプロジェクトになると考えています。

山内:皆様、本日は貴重なお話をいただきまして誠にありがとうございました。私たちプロジェクトチーム一同、これからも御社の企業価値を高めるべく、全力でお手伝いさせていただきます。引き続きどうぞよろしくお願いいたします。

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