事例紹介 インパクトレポート Novo Nordisk(DNK)

はじめに

本分析について
本記事は、インパクトレポートあるいは統合報告書・サステナビリティレポート内における「インパクト」ならびに「インパクトマネジメント」の取り扱いについて、海外企業の開示上場を中心としてその戦略や取組内容についてベンチマークするものです。個別企業の紹介のほかに、業界内企業別比較や業界横断での比較などを予定しています。

イントロダクション
今回の記事で対象とする企業は、グローバルなヘルスケア企業であるNovo Nordiskです。糖尿病および肥満症治療に強みを持つNovo Nordiskは、持続可能な医療の提供と社会的な貢献を両立させることに注力しています。本レポートは、Novo Nordiskが2023年の統合報告書で開示した「インパクト」および「インパクトマネジメント」に関する戦略や取り組みについて、レポートの形式的な部分からインパクト開示の内容まで、いくつかの視点で整理していきます。


形式的観点からの整理

レポートの位置付け、名称など
Novo Nordiskのサステナビリティに対する取り組みは、主に統合報告書ならびにESGデータブックにて開示されているほか、環境や多様性、加えて医療アクセシビリティや糖尿病や肥満症などの予防・克服に対する具体的な取り組みについてはWebサイトで詳細に開示することで、ステークホルダーが同社の多角的な取り組みを理解できるよう配慮されています。また、2023年は創業100周年を迎えた節目として、インスリン供給の充実、脱炭素化の推進、医療アクセスの向上などにおける企業のこれまでの貢献とこれからの未来の目標が強調されています。

レポートの構成
統合報告書は、企業の基本的な情報を紹介するものですが、同社のサステナビリティに対する取り組みに関する情報が随所に含まれています。

具体的には、以下のような構成になっています:

1. 同社の紹介
CEOのメッセージや企業概要・業績ハイライトなど
2. 戦略目標
パーパス、サステナビリティ方針やその具体的な実現方法について
3. リスクおよびガバナンス
リスクマネジメント方針、マネジメント体制
4. 財務報告・ESG報告
各種財務指標およびESG関連指標の報告
5. 監査報告・その他
製品概要など

各セクションでは、Novo Nordiskが掲げる目標と進捗が定量的なデータとともに記されています。特に持続可能な医療供給に関する取り組みが詳細に報告されており、社会的インパクトと企業の利益創出を両立することに対する姿勢が示されています。

「インパクト」の定義
同レポートにおいて、「インパクト(Impact)」はESRSなどで定義されるダブルマテリアリティの概念を踏襲しています(※但し、一般動詞・名詞として“impact”が用いられているケースではこの限りではありません)。

– インパクトは同社(およびサプライチェーンなど)がもたらす非経済的(社会的)影響を主な対象としており、特に重要なものについては「インパクト・マテリアリティ(Impact Materiality)」としている
– それらは、ポジティブインパクト(正の影響)の創出に加え、ネガティブインパクト(負の影響)の抑制も含む
– 但し、外部的な影響だけではなく、従業員など個人としての社会的存在への影響も含む
– また、社会課題による経営上・財務上の影響は「財務マテリアリティ(Financial Materiality)」として、インパクトとは明確に区別している


開示内容についての整理

対象となる領域・インパクト
Novo Nordiskは、同社の主力事業である糖尿病領域へのヘルスケア・ソリューションを軸とした、サステナビリティへの貢献を報告しています。

具体的には、以下のような取り組みが含まれます:

1. 健康・ヘルスケア(Health)
Novo Nordiskは、糖尿病と肥満症治療の分野でのリーダーシップを確立しています。
– 医療アクセスの向上
インスリン製剤の価格を低く設定し、低所得国向けに手頃な価格でインスリンを提供しています。また、米国市場においても患者支援プログラムを通じて医療負担を軽減し、治療の継続を支援しています。
治療法のイノベーション
心血管疾患や腎疾患にも対応する治療法を研究し、肥満症治療薬のWegovy®を中心に、慢性疾患の予防および管理を進めています。
– 地域社会支援
糖尿病に関する教育と啓発やUNICEFと協力した子どもの肥満防止プログラムを都市部で展開し、肥満対策や糖尿病予防の強化を図っています。

2. 環境負荷(Environment)
Novo Nordiskは、気候変動対策の一環として、バリューチェーン全体での環境負荷低減に取り組んでいます。
– ネットゼロ目標
2045年までにバリューチェーン全体でネットゼロ排出を達成することを目指しており、製造施設においては再生可能エネルギーの利用を促進しています。
2023年には、新興市場での再生可能エネルギーの利用割合を増加させました。
資源効率の向上
プラスチック(特に糖尿病患者が用いる注射器などの再利用可能化)などの廃棄物削減や水資源保護など、製品のライフサイクル全体での環境負荷を抑える取り組みを実施しています。

特徴的なのは、糖尿病や肥満関連の疾患に対して治療法を提供するだけではなく、人々のウェルネスという最終成果に重点を置き、根本原因の排除まで念頭に置いた活動を進めている点です。一見すると、糖尿病患者の減少と同社の収益は相反するように思われますが、新興国を中心とした医療アクセスの向上への取り組みは将来的な同社の市場への先行投資的側面が存在することや、子ども向けのプログラム開発などは同社の研究開発促進など知的資本の蓄積につながる可能性があると言えます。また何より、糖尿病・肥満症により苦しむ人をなくす同社のコミットメント、究極的な存在意義を明確に示すことで、コーポレート・ブランドのさらなる向上を企図したものであると考えられます(公式には説明されていないものの、関連情報などから著者推測)。

評価の範囲・観点
本レポートでは、従来の同社のサステナビリティレポートと同様に、環境負荷低減などのネガティブインパクトの抑制に関して定性的・定量的な観点からファクトを提示すると同時に、事業や継続的な活動を通じて創出されたポジティブインパクトも評価しています。これにより、それぞれがどのように社会および経済に貢献しつつ、同社の中長期的な戦略遂行に貢献しうるかを包括的に示しています。

例えば、同社は以下のような観点からインパクトを評価しています:

ポジティブインパクト(創出)
– 低所得国・低所得層を中心とした)医療アクセスへの貢献
– 糖尿病・肥満関連疾患の改善を通じた人々の健康、ウェルネスへの貢献

ネガティブインパクト(抑制)
– 環境負荷(GHG排出、水質汚染など)の低減
– プラスチックなど資源の過剰利用抑制
– アニマル・ウェルフェア(実験などに用いられる動物の保護・削減)

インパクト評価手法
インパクト関連の情報については、一般的なESG開示の情報とは別に、各テーマにおける取組状況および進捗状況を計測ポリシーと合わせて開示しています。基本的にはAction KPI(企業として何に取り組んだかという事実)に関するKey Numberを中心に開示されている一方で、一部の領域については推計を用いたうえで、アウトカムについて定量的評価を実施しています。

自社製品が支援した患者数
対象アクティビティ:糖尿病・肥満症治療製品の開発・製造・販売
対象インパクト:リーチした(アクセシビリティをもたらした)患者数
手法:自社にて把握しているチャネルごとの製品提供量に対し、WHOにて定義された1日あたりの容量を基に推計(個人差は勘案せず、一貫性のある報告方法であると同社が測定の前提として説明)
詳細:「糖尿病治療製品40.5百万人、肥満症治療製品:1.1万人」という試算結果(2023年)

インパクト評価体制
サステナビリティに対する取り組みは、Executive Managementが主導し、社内(サステナブル・ビジネス)と社外(ESGレポーティング)の各機能にて構成されています。同時に、アカデミア(ヘルスケア、ファイナンス、環境、人権など)を中心とした、外部有識者・実務家で構成される会議体(Sustainability Advisory Council)が諮問機関として機能しており、戦略レベル・実務レベルで同社のサステナビリティ推進をサポートしています。

インパクト評価の粒度
同社は具体的なKPIとして、環境・社会に関連した指標を設定、特に開示基準に沿ったデータについてはESGデータブックに掲載しつつ、重要な指標については統合報告書に掲載しています。

1. 設定指標の粒度
– 自社の取り組み(Activity)に関するものはESGデータブックで開示しており、統合報告書では成果(Outcome)に相当する指標を中心に、その前提情報(ロジックなど)と合わせて開示がなされている
– 環境テーマ(プラスチック、水、GHGなど)に関してはどの程度の削減や改善が見られたかについて成果ベースで目標および実績を開示している
– 社会テーマはヘルスケアなどの製品インパクトについて、治癒率などの細かい情報までは提供してないものの、糖尿病治療へのアクセシビリティ向上を念頭に置く同社のKPIとして適切な「患者数」をアウトカム指標として開示している

2. 貢献の測定方法
– 自社の取り組みで計測可能なものを中心に、自社保有データから一定のエビデンスや開示フォーマット(原単位)が決まった情報についてアウトカム推計して報告
– 計測基準や開示方法を変更した際には、その背景と変更後の過去指標を調整後指標として開示している

3. 時間軸
– 多くの指標において、目標(将来)と実績(現在)の双方を示している
– 超長期よりは数年単位の短期的なサイクルでの目標設定が多い

インパクトマネジメントにかかる方針
同社自身が最大のコミットメント、インパクトとして想定している糖尿病・肥満症領域における課題解決は、今後も引き続き重要であることは間違いなく、「当社がリーチした患者数」という明確なKPIについては、継続的に追求・モニタリングされていくことが想定され、体制や施策もそれに沿ったものとなっています。また、サステナビリティ開示全般においては、規制やフレームワークに則り一般的に設定されるKPIや関連データについては継続的に管理・モニタリングされていくと想定されます。


まとめ

統合報告書を中心としたNovo Nordiskのサステナビリティ情報開示は、企業が事業を通じて実現しうる環境・社会に対する貢献を体系的に示しています。今後も引き続き患者数が増加していくことが予想される糖尿病や肥満症の領域において、単に治療薬・機器を提供するだけではなく、アクセシビリティ向上や原因となる生活習慣・知識レベルの改善に対してもコミットする姿勢が多層的に伝わる内容となっています。

インパクトマネジメントの観点からも、定量的かつ同社の方向性やその貢献を端的に示すアウトカム指標・KPIの設定を行っています。その開示においては、継続性・連続性の担保のため信用性のある定義や仮定を用いて推計されている点が特筆され、かかる手法は比較的大規模な事業を有する企業において、今後一般的となっていくことが予想されます。

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