事例紹介 インパクトレポート 医療・産業用素材メーカー・3M Company(米)


当社とIMPACTLAKEは、経済価値と社会価値をロジカルかつ定量的に結ぶ「インパクト」を活かし、IR活動や情報開示をさらに高度化させ、クライアント企業の企業価値向上およびサステナブル経営の実現を目指しています。その一環として、2社共著によるインパクトレポート事例分析をお届けします。


はじめに

本分析について
本分析は、インパクトレポートあるいは統合報告書・サステナビリティレポート内における「インパクト」ならびに「インパクトマネジメント」の取り扱いについて、海外企業の開示情報を中心としてその戦略や取組内容についてベンチマークするものです。今後は個別企業の紹介のほかに、業界内企業別比較や業界横断での比較などを予定しています。

イントロダクション
今回の記事で対象とする企業は、グローバルな素材メーカーである3Mです。同社の直近の動向で特に注目を集めたのは、半導体製造時に冷媒として用いられるPFAS(Per- and Polyfluoroalkyl Substance)からの撤退です。PFASは自然界で分解されにくいため生態系や人体への影響が議論される物質です。同製品は市場シェア80%と圧倒的な収益貢献を同社にもたらしてきたものの、今般のトランジションを機に、同社が今後サステナビリティにどのように向き合っていくのか、また、同時に収益の柱となる新たな事業をどのように構築していくのか、注目が集まる中でのインパクトレポート発行となりました。同社はグローバルインパクトレポート2024において、企業としての持続可能性に対するコミットメントを明確に示すと同時に、サステナビリティに関する取り組みや達成した成果、そして将来の目標を包括的にカバーしています。以降、レポートの形式的な部分からインパクト開示の内容まで、いくつかの視点から整理していきます。


形式的観点からの整理

レポートの位置付け、名称など
3Mのグローバルインパクトレポート2024は、サステナビリティに関する取り組みと成果を報告する内容となっています。本レポートは、統合報告書とは別に発行されており、同社の持続可能性に関する詳細な情報を提供しています。また、同社は本レポートとは別に、DEIレポートやESGメトリクスなどの関連開示も実施しています。これにより、ステークホルダーは3Mの持続可能性に関する取り組みを多角的に理解することができます。従来は「サステナビリティレポート」という名称で発行されていましたが、2022年版より「インパクトレポート」(正確にはGlobal Impact Report)に名称が変更となりました。

レポートの構成
本レポートの目次には、リーダーシップの反映、戦略と重要性、コミュニティ、環境、多様性、公平性、インクルージョン、ガバナンスと倫理など、3Mの主要な持続可能性の取り組みに関するセクションが含まれています。各セクションは、3Mの取り組みを具体的に説明し、達成した成果や今後の計画について詳述しています。

具体的には、以下のような構成になっています:

1. リーダーシップの反映
CEOおよびその他のリーダーによるメッセージ
2. 戦略と重要性
3Mの持続可能性戦略とその重要性の説明
3. コミュニティ
地域社会への貢献と取り組み
4. 環境
環境保護と持続可能な資源利用に関する取り組み
5. 多様性、公平性、インクルージョン
多様性の推進、公平な機会の提供、包括的な職場環境の構築
6. ガバナンスと倫理
企業ガバナンスと倫理的なビジネス慣行

上記を統合報告書の内容と比較すると、本レポートは、環境・社会インパクトについてデータも交えながら、具体的な情報提供に重点を置いています。一方、統合報告書は、サステナビリティを含む経営戦略および事業戦略、そしてその財務的な影響に焦点を当てており、インパクトレポートと棲み分けられています。

「インパクト」の定義
本レポートにおいて、「インパクト」は包括的な‟成果”(Outcome)に近い意味合いで用いられています。

– 社会的な影響だけではなく、経営上・財務上の影響も含む
– ポジティブインパクト(正の影響)の創出に加え、ネガティブインパクト(負の影響)の抑制も含む
– 外部的な影響だけではなく、従業員など社内への影響も含む


開示内容についての整理

対象となる領域・インパクト
3Mは、Science for Circular(循環経済のための科学)、Science for Climate(気候のための科学)、Science for Community(コミュニティのための科学)という三つの柱に基づいて、持続可能性の取り組みを報告しています。これらの柱は、3Mのグローバルな能力と多様な技術を活用し、持続可能な未来を形成するための明確なコミットメントと大胆な目標を示しています。

具体的には、以下のような取り組みが含まれます:

1. Science for Circular
– リサイクル原料の使用促進
– 廃棄物削減と資源の効率的利用
– 製品ライフサイクル全体での環境影響の最小化

2. Science for Climate
– 温室効果ガス排出量の削減
– 再生可能エネルギーの使用拡大
– 気候変動への適応策の導入

3. Science for Community
– 地域社会への投資と支援
– 教育と職業訓練の提供
– 健康と福祉の向上

評価の範囲・観点
本レポートでは、従来の同社のサステナビリティレポートと同様に、環境負荷軽減などのネガティブインパクトの抑制に関して定性的・定量的な観点からファクトを提示すると同時に、事業や継続的な活動を通じて創出されたポジティブインパクトも評価しています。これにより、3Mの取り組みがどのように社会および経済に貢献しつつ、同社の中長期的な戦略遂行に貢献しうるかを包括的に示しています。

例えば、3Mは以下のような観点からインパクトを評価しています:

1. ポジティブインパクト(創出)
– コミュニティ投資の成果
– 製品を通じた環境負荷軽減への貢献
– 人的資本投資の成果

2. ネガティブインパクト(抑制)
– 環境負荷(GHG排出、水質汚染など)の軽減
– 各種資源の過剰利用抑制、循環型社会の実現

インパクト評価手法
インパクト関連の情報については、Theory of Changeなどの可視化手法は用いていないものの、定量的な観点ではAction KPI(企業として何に取り組んだかという事実)に関するKey Numberを中心に開示しています。加えて、一部の領域についてはSROI(Social Return on Investment)*というインパクト定量化手法を用い、その外部経済性について定量的評価を実施しています。

コミュニティ投資に関するSROI
対象アクティビティ:コミュニティへの投資
対象インパクト:コミュニティにおける賃金増加、(それに伴う)税収増加、訴訟対応コストの回避など
手法:SROIによる投資対社会価値効果の検証
詳細:「1USDの投資に対し、約3USDの社会的インパクトを創出する」という試算結果。なお、内部のハードルレートとして想定していた2.5倍を上回るものである、と結論づけている

自社製品による川下企業におけるGHG排出量削減貢献
対象アクティビティ:低環境負荷製品の開発・製造・販売
対象インパクト:(顧客の)GHG排出量削減
手法:自社独自メトリクスによる試算
詳細:「2015年以降の累計で、121MtCO₂の削減効果を実現している」という試算結果

* なお、SROIの位置付けについてはこちらの論文を参照ください。
https://papers.ssrn.com/sol3/papers.cfm?abstract_id=4645148

インパクト評価体制
サステナビリティに対する取り組みは、CEO(Chief Executive Officer)ならびにCSuO(Chief Sustainability Officer)などの経営陣によって主導されると同時に、独立社外取締役複数名で行使される会議体(Science, Technology & Sustainability委員会)により監督されています。また、レポート発行にあたっては保証会社の評価を受けているほか、先述のSROIについては外部機関(非認証機関)のサポート(メトリクスの提供)を受けて実施するなど、適宜外部機関の支援を効果的に活用した取り組みを実施しています。

インパクト評価の粒度
3Mは具体的なKPIとして、環境・社会に関連した指標を設定しています。これにより、持続可能性の取り組みがどの程度進展しているかを明確に評価できます。さらに、これらのKPIは、内部のアクションを具体的に導く指標としても機能しています。

1. 設定指標の粒度
指標の数自体は多いものの、自社の取り組み(Activity)に関するものが殆どで、成果(Outcome)に相当するものは特に社会(Social)領域では少ない
ただし、環境テーマ(プラスチック、水、GHGなど)に関してはどの程度の削減や改善が見られたかについて成果ベースで相当数を開示している

2. 貢献の測定方法
市場全体での動向については特に触れられず、自社の成果について自社の取り組みベースでの進捗・指標を中心に記述

3. 時間軸
多くの指標において、目標(将来)と実績(現在)の双方を示している
目標の時間軸や成果(特に比率系の指標)のベースラインは指標ごとに異なるが、気候変動を除いて超長期のものは比較的少なく、短期的なサイクルで確実なコミットメントを実現しようという姿勢が窺える(Activity寄りのKPIが多いことも影響している)

インパクトマネジメントにかかる方針
3Mは毎年インパクトレポート(旧サステナビリティレポート)を発行しており、一般的に設定されるKPIや関連データについては継続的に管理・モニタリングしています。加えて、一部の領域(上述のコミュニティ投資など)においては、社会的インパクトの観点から戦略策定・投資基準として具体的な活用を部分的に進めているように見受けられます。


まとめ

3Mのグローバルインパクトレポート2024は、企業としての持続可能性や社会的責任に対する強いコミットメントを示しています。特に化学製品は、同社に限らず、環境負荷におけるネガティブインパクトやサプライチェーン上のリスクに目が向きがちですが、製品による環境負荷低減への貢献やコミュニティへの投資を積極的に実行し「Science Platform」へと中長期的にトランスフォームしていく同社の意志を体現しているものと言えます。
 また、その取り組みの進捗については、定量的な指標も用いながら、同社の貢献(インパクト)を積極的に示しており、成果の提示が比較的難しい社会(Social)関連の指標においても、一部ではあるものの具体的な成果についての評価がなされている点が特筆されます。
 他方、インパクト評価というミクロな視点に立つと、SROIなどは試算結果のみを示すにとどまっており、今後、多様な手法をより本格的に取り入れていく中で、ロジックも含めた更なる詳細化やそういった外部性の中長期的な財務・企業価値への影響についても触れられるようになると、ストーリーとしてより重層的になると言えます。

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