統合報告書2022年版調査 ~マテリアリティ~

当社が運営するEDGEリサーチ・インスティテュートは、「統合報告書2022年版調査 ~マテリアリティ~」の結果を公開しました。当社運営の企業価値レポーティング・ラボでは、統合報告書を発行する日本企業を毎年調査してきました。それら企業のうち上場企業を対象に、マテリアリティ開示の現状について調査・分析を行ったもので、6回目の調査となります。本調査は、企業と長期投資家のよりよい対話に向けた示唆になるものと考えています。
なお、本調査の詳細につきましては、ご希望いただきました機関投資家や研究者の皆様には、情報提供させていただきます。

■調査目的
統合報告書を発行する日本企業が「マテリアリティ」についてどのように開示しているか、現状を把握する。

■調査概要と結果

自己表明型統合報告書*を発行している日本の上場企業を対象に「マテリアリティ」に関連する下記の要素について、統合報告書における開示の有無を調査した。
なお、2021年調査よりマテリアリティの視点の分類について、名称変更と定義の一部見直しを行った。

① マテリアリティを開示:84.2%(690社)
② 企業価値視点のマテリアリティを開示:65.6%(537社)
③ ②について機会とリスクに分けた開示:18.8%(154社)
④ 環境・社会視点のマテリアリティを開示:70.1%(574社)
⑤ ④についてポジティブ及びネガティブインパクトに分けた開示:1.1%(9社)
⑥ ②と④両方の視点を考慮したマテリアリティを開示:50.1%(410社)
⑦ ⑥において同じリストだが視点の区分を明確に開示:2.8%(23社)
⑧ ⑥においてそれぞれ別のリストで開示:1.5%(12社)
⑨ マテリアリティの特定プロセスを開示:58.0%(475社)
⑩ マテリアリティを前年から見直している:23.8%(195社)
⑪ マテリアリティのKPIを設定:44.3%(363社)
⑫ マテリアリティにおける取締役会の関与:28.9%(237社)
⑬ 特定プロセスにおける参考指標
 SDGs:32.0%(262社)、GRI:23.7%(194社)、ISO26000:15.6%(128社)、
 ESG評価機関項目:14.3%(117社)、SASBスタンダード:13.4%(110社)、
 グローバル・コンパクト:5.6%(46社)、OECD多国籍企業行動指針:0.6%(5社)、
 業界固有規範(RBA等):1.8%(15社)、
 WEFグローバルリスク報告書:1.6%(13社)、IIRCフレームワーク:2.2%(18社)
⑭ 役員報酬に非財務KPIが組み込まれている:19.7%(161社)
⑮ 役員報酬にマテリアリティのKPIを組み込んでいる:7.0%(57社)
⑯ トップメッセージでマテリアリティに言及:36.0%(295社)
⑰ 中期経営計画にマテリアリティを統合:41.3%(338社)
⑱ マテリアリティに関連するSDGsへ紐づけている:58.9%(482社)
⑲ 事業部門別の機会とリスクを開示:30.6%(251社)
⑳ TCFD提言に沿ったリスクと機会の記載:69.7%(571社)

※マテリアリティという言葉を使用しない類似表現でも、内容が該当していれば抽出している。
※特定されたマテリアリティについて妥当性は問わない。

*企業価値レポーティング・ラボ(運営:株式会社エッジ・インターナショナル)が調査している「国内自己表明型統合レポート発行企業リスト 2022年版」の884社のうち、日本の上場企業819社を対象。
http://www.edge-intl.co.jp/wp-content/themes/edge-intl/assets/pdf/01_reserch/02/list2022_202302.pdf

■考察
「マテリアリティ」は、あらゆる企業報告における基本的な概念で、発行体に対する読み手の評価や分析結果に差異をもたらす情報やその判断基準を指すが、その情報の主たる利用者について、投資家と、投資家を含むマルチステークホルダーの二つに大きく分けられる。投資家の投資哲学や手法は多様であるが、メインストリームの長期機関投資家を想定した場合においては、それぞれフォーカスする視点は、投資家は企業価値、マルチステークホルダーは環境・社会であると言い換えられる。また本調査においては、「マテリアリティ評価に基づく課題/テーマ」を「マテリアリティ」と表現している。

先に挙げた二つの視点のいずれか、または両方の視点からマテリアリティを統合報告書で開示している企業は84.2%(690社)であった。2019年から2021年においては同水準であったが、2022年に大きく増加する結果となった。

この要因として、統合報告書を初めて発行する企業でも多くの割合でマテリアリティを開示していることが挙げられる。2020年に初めて統合報告書を発行した上場企業(76社)のうち、マテリアリティを同報告書に開示している企業は46社(61%)であった。2021年は110社中62社(56%)、2022年は151社中117社(77%)で大きく増えていた。マテリアリティの特定・開示が、統合報告書の必須要素と認知されつつあることを示唆している。

これはISSB*やディスクロジャーワーキング・グループといった基準・規制において、マテリアリティについても具体的に議論され、マテリアリティの特定が制度としても広く求められ始めたことが、要因の一つとして考えられる。また、投資家から企業に対するマテリアリティ特定・開示の要望も以前と変わらず高まっている。このような背景から、2021年から2022年にかけて、統合報告書にマテリアリティを開示している企業が大きく増加したと推察される。

ISSB:グローバルなサステナビリティ開示基準の策定を進めているIFRS財団傘下のISSBは、2023年6月に公開したサステナビリティ開示基準の中で、「持続可能性に関連する財務情報の開示において、当該情報の省略、虚偽記載又は不明瞭化が、一般目的財務報告書の主たる利用者によって行う、当該報告書に基づいた意思決定に影響を及ぼすと合理的に予想される場合には、当該情報は重要である。」と記載した。これはシングルマテリアリティの考えに基づく説明となっている。

「企業価値視点のマテリアリティ」を記載した統合報告書は65.6%(537社)であった。これはマテリアリティについて、企業の中長期的な価値創造の実現に対して影響がある、またはビジネスモデルの持続性の担保や財務パフォーマンスへのインパクトを意図して特定された企業をカウントしている。企業価値視点のマテリアリティを機会とリスクに分けた説明の開示は18.8%(154社)で見られた。

一方、「環境・社会視点のマテリアリティ」は70.1%(574社)で記載があった。サステナビリティ報告基準であるGRIが要求する「マテリアルな項目」に準拠したもので、いわば「事業活動によって著しい悪影響を及ぼす課題」や「事業を通じて解決に貢献できる社会課題」の優先付けがなされている事例をカウントした。環境・社会視点のマテリアリティを社会的なポジティブインパクトやネガティブインパクトの観点から説明する事例は1.1%(9社)であり、ほとんど確認されなかった。

「環境・社会視点のマテリアリティ」は前年から12.6ポイント増加し、「企業価値視点のマテリアリティ」は前年から21.8ポイントとさらに大きく増加した。なお、企業価値視点のマテリアリティを機会とリスクに分けた説明の開示は1.5ポイントのみの増加であった。

「企業価値視点」と「環境・社会視点」の両方の視点から特定したマテリアリティを掲載しているレポートは50.1%(410社)であり、前年からは22.7ポイント増加と大きな変化が確認された。「企業価値視点」も前年から21.8ポイント増加している一方、「環境・社会視点」は12.6ポイントの増加であった。ISSBやCSRD(欧州委員会が策定を進めている、企業向けのサステナビリティ報告指令。ダブルマテリアリティ・アプローチを採用している。)といった基準・規制によってシングルマテリアリティやダブルマテリアリティという言葉が認知されるなか、どちらの概念にも「企業価値視点」が含まれており、この視点を加味したマテリアリティ開示が特に進んでいると考えらえる。

「企業価値視点」と「環境・社会視点」の各視点で特定したマテリアリティを、同じマテリアリティリストとして開示し、両視点の区分が明確な事例は2.8%(23社)と少数ながら確認された。また、「企業価値視点」と「環境・社会視点」の各視点で特定したマテリアリティを、別のリストとしてそれぞれ開示している事例は1.5%(12社)であった。

マテリアリティ特定プロセスの開示は、投資家をはじめとした情報の受け手にとって、そのマテリアリティの納得性を高めるためにも重要な観点となる。なお、特定プロセスの開示は58.0%(475社)であり、前年の44.7%(299社)から増加し、半数を超えた。一方、特定プロセスにおける取締役会の関与は28.9%(237社)で、前年から3.8ポイントというわずかな増加であった。

マテリアリティを前年から見直した企業は23.8%(195社)と、前年調査から11.4ポイント増加した。見直しの理由に関しては、前年から大きな傾向の変化はなかった。

マテリアリティの特定後は実効性のある取り組みにするため、適切なKPIを設定し、PDCAサイクルを回していくことが有効である。KPIを設定していた企業は、44.3%(363社)と前年調査から12.8ポイント増加した。なお、2020年から2021年にかけては5.2ポイントの増加だったため、増加のペースも上がっている。

役員報酬に対する非財務KPIの組み込みは、2020年は5.7%(31社)、2021年は10.5%(70社)、2022年が19.7%(161社)と近年大きく増加している。また役員報酬に対するマテリアリティKPIの組み込みは7.0%(57社)であり、前年の3.1%(21社)から増加しているが、前述の非財務KPIほどの増加は確認されない。

「マテリアリティをトップメッセージで言及」「中期経営計画にマテリアリティを統合」「マテリアリティとSDGsの紐づけ」は、前年からいずれも5~10ポイント増加している。「TCFD提言に沿ったリスクと機会の記載」は69.7%(571社)、前年からは34.3ポイントという大きな増加となった。一方、今回の調査ではほとんどの項目に関する記載割合が増加しているが、「事業部門別の機会とリスクの記載」に関しては前年から13.2ポイント減少している。

ダブルマテリアリティや社会的インパクトについての議論が活発になっている。ISSBにおけるシングルマテリアリティの考えやCSRDのダブルマテリアリティの考えを踏まえると、シングル及びダブルマテリアリティどちらにも加味されている、企業価値視点を押さえた開示が第一であることは改めて認識する必要がある。なお、投資家の志向は多様化している。開示規制の動向や投資家の開示ニーズを考慮しつつも、企業が自らのスタンスや開示戦略を明確にし、丁寧な説明をしていくことが重要と考えられる。先行する海外事例においては、マテリアリティ特定プロセスなどで明確に「ダブルマテリアリティの考えに基づいている」といった説明をしているケースもある。

日本においてマテリアリティが統合報告書で開示されている割合は84.2%と高水準に達しているが、特定プロセスを開示している割合は58.0%であり、何を基準に優先順位づけを行っているか具体的な説明がないまま、マテリアリティを掲載している事例は少なくない。同様に、トップメッセージでマテリアリティに言及している割合は36.0%、中期経営計画にマテリアリティを統合している割合は41.3%である。マテリアリティの定義は収斂しつつあるが、まだ各企業の開示においては、マテリアリティの定義が曖昧な点もある。

この定義の曖昧さに加え、マテリアリティの開示割合は高水準である一方、特定プロセスの開示やトップメッセージでの言及、中期経営計画への統合は半数を下回っている現状である。そのため、投資家をはじめとするステークホルダーは各企業のマテリアリティの位置づけや戦略との繋がりなどを十分に理解できず、企業はマテリアリティを建設的な対話の材料に活かしきれていない点が懸念される。

最後に、今回の調査結果では、前述のような課題も確認されるが、ほぼ全ての項目で開示拡充の傾向が確認される。投資家をはじめとするマルチステークホルダーとの対話がこの傾向に伴ってより良いものとなることが期待される。

今回の調査含む、これまでの調査一覧はこちら

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