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2020年7月10日
エッジ・インターナショナル

統合報告書2019年版調査 ~マテリアリティ~

EDGEリサーチ・インスティテュートは、「統合報告書2019年版調査 ~マテリアリティ~」の結果を公開しました。当社運営の企業価値レポーティング・ラボでは、統合報告書を発行する企業を毎年調査してきました。それら企業のうち上場企業を対象に、マテリアリティ開示の現状がどうなっているのか、調査・分析を行ったもので、3回目の調査となります。本調査は、企業と長期投資家のよりよい対話に向けた示唆になるものと考えています。なお、本調査の詳細につきましては、ご希望いただきました機関投資家の皆様には、情報提供させていただきます。

調査目的

統合報告書を発行する企業が「マテリアリティ」についてどのように開示しているか、現状を把握する。

調査概要と結果

自己表明型統合報告書1を発行している日本の上場企業を対象に「マテリアリティ」に関連する下記の要素について、統合報告書における開示の有無を調査した。

マテリアリティを開示している:68.8%(335社)
投資家視点のマテリアリティを開示している:25.3%(123社)
②について機会とリスクに分けた開示をしている:16.4%(80社)
マルチステークホルダー視点のマテリアリティを開示している:55.0%(268社)
②と④両方開示している:11.5%(56社)
マテリアリティの特定プロセスを開示している:33.7%(164社)
特定プロセスにおける参考指標
SDGs:21.6%(105社)、GRI:15.2%(74社)、ISO26000:14.8%(72社)、
ESG評価機関項目:9.0%(44社)、SASB:4.1%(20社)、
グローバル・コンパクト:3.5%(17社)、OECD多国籍企業行動指針:1.6%(8社)
マテリアリティを前年から見直している:12.7%(62社)
マテリアリティのKPIを設定している:22.2%(108社)
マテリアリティに関連するSDGsへの紐づけを行っている:44.8%(218社)
事業部門別の機会とリスクを開示している:20.9%(102社)
TCFD提言に沿った記載がある:12.1%(59社)
編集方針における参考ガイドライン
IIRC:46.2%(225社)、経済産業省 価値協創ガイダンス:33.1%(161社)、
GRI:25.7%(125社)、環境省 環境報告ガイドライン:17.7%(86社)、
ISO26000:14.0%(68社)、グローバル・コンパクト:1.0%(5社)

※マテリアリティという言葉を使用しない類似表現でも、内容が該当していれば抽出している。
※特定されたマテリアリティについて妥当性は問わない。

1
企業価値レポーティング・ラボ(運営:株式会社エッジ・インターナショナル)が調査している「国内自己表明型統合レポート発行企業リスト 2019年版」の513社のうち、日本の上場企業487社を対象。
http://cvrl-net.com/archive/pdf/list2019_202002.pdf

考察

「マテリアリティ」は、あらゆる企業報告における基本的な概念で、発行体に対する読み手の評価や分析結果に差異をもたらす情報やその判断基準を指すが、その情報の主たる利用者について、投資家と、投資家を含むマルチステークホルダーの二つに大きく分けられる。

今回の調査で多く見られたのは、昨年から引き続き、後者の「マルチステークホルダー視点のマテリアリティ」で、調査対象の半数超にのぼる268社(55.0%)で記載があった。これらはCSRレポートの開示ガイドラインであるGRIが要求する「マテリアルな項目」に準拠したもので、いわば「事業を通じて解決に貢献できる社会課題の優先付け」が為されている。

一方、SASBの定義に代表される「投資家視点のマテリアリティ」は、企業の中長期的な価値創造の実現に対して影響があると推定される事象であり、ビジネスモデルの持続性の担保や財務パフォーマンスへのインパクトに関心が向けられているが、この視点のマテリアリティを記載したレポートは123社(25.3%)と、昨年比では増加しているものの依然として少数派に留まった。このうち機会とリスクに分けた開示は80社(16.4%)である。

IIRCが定義する統合報告書の主たる読者は投資家である一方、現在日本で発行されている統合報告書の多くがCSRレポートをベースに作成されていることを背景に、現状はマルチステークホルダー視点の方が、マテリアリティの解釈として市民権を得ているようだ。

昨夏、米主要企業の経営者団体ビジネス・ラウンドテーブルが株主第一主義を見直す宣言をまとめ、今年初めに開催された世界経済フォーラムの年次総会でも、株主資本主義からステークホルダー資本主義への移行が訴えられ、コロナショックを機にこの潮流は一層強まっている。また、投資家のなかには、投資先企業のSDGs達成への貢献等、社会課題への対応力や影響をよりよく理解し、投資ポートフォリオの投資リターンを測る際に、財務リターンとともに社会的インパクトも追求しようとする動きがあり、「マルチステークホルダー視点のマテリアリティ」を開示する企業の多さは、歩調が一致しているよう捉えられる。

しかし、社会課題の解決やSDGsへの貢献は、企業にとって成長機会となり得るが、持続的な企業価値の創造を保障するものではない。特に日本企業については、欧米とは企業経営の歴史的背景が異なり、資本効率性の改善やガバナンス改革が道半ばであるなか、マルチステークホルダーへの配慮を言い訳にして、株主を過度に軽視した過去への逆進が望まれているわけではない。コロナショックによって、急速で不確実な環境変化や社会課題に対する、企業自身の柔軟な適応力や強靭性(レジリエンス)について、これまで以上に関心が高まっている。日本企業には、従来から根付いている広範なステークホルダーへの配慮や社会の持続可能性を志向する取組みと、自社の構造的な競争優位性や収益成長との結びつきを示し、経営戦略や資源配分に反映させていくこと、そして中長期的な企業価値創造ストーリーの妥当性を高め、実現可能性への信任を得ることが求められている。

欧州委員会が昨年6月に公表した、非財務情報開示指令(NFRD)の気候変動関連情報に関するガイドラインが、「ダブル・マテリアリティ」という考え方を提唱していることにも注目したい。NFRDは、非財務情報の開示に関する重要性の判断として、サステナビリティが企業業績等に与える影響(財務のマテリアリティ)と、企業が環境と社会に与える影響(環境・社会のマテリアリティ)の二重の判断を求めている。これらは、当調査の分類でいう「投資家視点のマテリアリティ」と「マルチステークホルダー視点のマテリアリティ」に概ね相当する。そして、気候変動のように、企業が社会課題に適応あるいは解決に貢献することは、事業機会の獲得やリスクの軽減につながる等、二つの視点は既に一部で重複しており、将来的に重複は大きくなる方向にある。企業は、自社の情報開示の目的や対象を改めて確認し、マテリアリティを定義し直すことが必要となっている。

マテリアリティは元来、企業や業種によって異なり、外部環境で変化するものだ。今年、マテリアリティを前年から見直した企業は62社(12.7%)と少数だったが、コロナショックという大きな環境変化に直面し、来年は再検討する企業の増加が予想されてしかるべきだろう。今年1月、米国のESGデータプロバイダーTruvalue Labsは「ダイナミック・マテリアリティ」という概念を発表。変化が速く不確実性の高い現代において、企業にとって重要なESG課題の特定は、これまで以上に流動的になっていると指摘した。3月には世界経済フォーラムも同じ「ダイナミック・マテリアリティ」という表現を用いて、現在は重要でないが将来的には重要になる可能性のある課題を見通すことが、企業と投資家にとって必要不可欠な能力になっていると表明している。企業は、社会動向を見極め、投資家をはじめとするステークホルダーと定期的な対話を通じ、特定したマテリアリティの妥当性について不断の見直しを行うことが必要である。特定に当たっては、取締役会の関与の下、透明性のある決定プロセスの開示が期待される。

特定後は、実効性ある取組みにするため、適切なKPIを設定し、PDCAサイクルを回していくことも有効である。今年、KPIを設定していた企業は、マテリアリティを開示した企業の約3割に当たる108社(22.2%)に限られたが、KPIを策定中と記載するレポートも見られたため、来年以降、具体的な進捗報告が増えそうだ。

「投資家視点のマテリアリティ」、特に機会とリスクの開示に関連して、事業部門別にSWOT分析等、機会とリスクを開示した企業も調査したところ102社(20.9%)であった。異業種を擁する持株会社やコングロマリット企業については、全社的なマテリアリティの特定と別に、事業部門別に検討していくことも現実的であろう。

TCFD提言に沿った開示を行った企業は59社(12.1%)に留まった。一方、5月末現在、日本では271の企業・機関が賛同を表明しているため、来年以降、開示の実践に移るレポートの増加が予想される。TCFDは、多岐にわたるESG課題のなかでも、多くの企業の財務に甚大な影響を及ぼし得る気候変動に特化して、ガバナンス、戦略、リスク管理、指標と目標の4項目について開示を推奨するものであり、リスクと機会の二側面の考え方や、様々なシナリオの下で自社の持続可能性への影響を評価し、対応策を検討、開示していく枠組みは「投資家視点のマテリアリティ」そのものである。気候変動のみならず、他ESG課題についても、自社のビジネスモデルや価値創造能力の持続性にとって影響が大きい場合、TCFDの枠組みを活用し、分析、開示していくことは、自社のレジリエンスを示すうえで有用と言える。

参考

2018年版の調査要素と結果は以下の通り。対象社数は398社。 ① 投資家視点のマテリアリティ:17.8%(71社)
② ①について機会とリスクに分けた開示:9.0%(36社)
③ リスクと対応策、または気候変動の機会とリスクの開示:20.4%(81社)
④ 事業部門別の機会とリスク:17.1%(68社)
⑤ マルチステークホルダー視点のマテリアリティ:47.5%(189社)
⑥ マテリアリティの特定プロセス:24.6%(98社)
⑦ ⑥にSDGsを考慮:23.1%(92社)
⑧ SDGsへの言及:76.1%(303社)

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本件に関する問い合わせ先

株式会社エッジ・インターナショナル
TEL: 03-3403-7750
E-MAIL: edge@edge-intl.co.jp

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